
| 開催日時 | 平成17年5月3日 10時〜15時 | |
| 開催場所 | 赤間神宮(先帝祭) | |
| 住 所 | 下関市阿弥陀寺町4-1赤間神宮 | |
| 催し内容 | 寿永四年(1185年)3月24日、平氏は本州の西端、長門壇之浦の合戦で源氏に敗れ、その短い栄華の夢を終えました。わずか8歳の安徳幼帝が祖母二位の尼に抱かれ『波の底にも都の候ふぞ』の言葉とともに、波間におかくれになりました。「関の先帝 小倉の祇園 雨が降らなきゃ金が降る」といわれるこの祭は、入水された安徳幼帝をとむらうため、その命日に女臈に身を落した平家の官女達が参拝したことに始まったものです。十二単衣にうちかけをつけた五人の大夫が稚児官女らをひきつれ赤間神宮に参拝します。市内新地を出発し、豊前田町を経由し、同神宮まで上臈道中が行われます。道中での外八文字を踏むあでやかな姿は豪華絢欄そのものです。赤間神宮は龍宮を連想させる水天門、あでやかな朱色の社殿をもち、紅石山の緑を背にあざやかに浮びます。合戦後、約800年がたちました今、平家哀話のロマンと華やかな上臈道中をあわせ見る時、いっそう詩情を感じざるをえません。 |
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| 一 言 | 関門海峡に面した赤間神宮では源平の壇之浦合戦に由来する先帝祭の上臈参拝があり、十二単(ひとえ)などで着飾った振袖(ふりそで)太夫ら五太夫が官女らを従え、八歳で壇之浦に入水した安徳天皇を祭る赤間神宮境内に設けられた朱塗りの天橋で、八の字を描くように歩く「外八文字」を披露しながら参拝。 |